ダボラ・カダブラ

言葉の意味って何なんでしょうね。

意思の疎通とかいいますけど、ほんとに通じあってるんですかね。

「あー、これは何かが、確かに共有されてるなー」とか、思う瞬間だって、ないわけじゃないんですが、たいていの場合、一人が好き勝手なことを言って、別の人が好き勝手なことを受け止める、そんなことだったりするんじゃないですか。

もちろん言葉なんてものは、ただの道具にすぎないんですから、そいつを上手に使って、日々の暮らしに役立てればいいだけなんですがね。

それでぼくは思い出したんですよ、昔、言葉なんて使わないほうがいいんじゃないかって、思ったことを。

ゴータマさんの「ダンマパダ」を読んだりしましてね、言葉なんて使わなけりゃ、すっきりするなあって。

そうはいっても、言葉を使わずになんて、なかなか生きられるものじゃありません。

たとえ一人で仙人のような暮らしをしたからって、自分の頭の中で蠢いている無量大数の言葉どもとはおさらばできませんもんね。

だからぼくは、あいもかわらず、こうしてダボラ・カダブラと呪文を紡ぎ続けるんですよ。

貝が貝殻を紡ぐように、木が年輪を紡ぐように、人間は言葉を紡げばいいんじゃないかと、思いましてね。

[姉妹サイト、魂の次元@blogspotもよろしく]



☆こちらもよろしくね。

[人生を気楽に生きるためには、これだけ分かってれば十分]

[自由に生きるキミたちへ]

[ 坐禅とか瞑想とか、かたくるしく考えないで気楽にやってみましょう ]

[ 悟ってしまえば「悪」なんてなくなるんです ]

[ 幸せ魔神を呼び醒ませ ]

[ ダボラ・カダブラ ]

コメントを残す