自由に生きる者たちへ

ぼくらは自由に生きてきた

この世に生まれ落ちることも、ぼくらが選んだこと。
いやならば、この世の明かりを見る前に、息を止めてしまえばよかったのだ。

そうしてぼくらは、一瞬一瞬、生きることを選んできた。
誰に言われたからでもなく、自分で自由に、選びとって生きてきたんだ。
一瞬一瞬、生きることを選び、どう生きるかを選び、幸せを求めて、生きてきたんだ。

ところが不思議なもので、ぼくらはいつの間にか自分の自由を忘れ、どうにも不自由な人生を送っている自分に、ある日、気がつく。

こどもの頃の輝きに満ちた、自由な世界はどこに行ってしまったんだろう。
あの永遠に続くかに思われた、限りない力を秘めた時間は、いったいどこへ消えてしまったのだろう。

代わり映えのしない毎日、繰り返される日常、ささやかな楽しみはあっても、どうにも退屈な時間の流れの中で、ぼくらはつぶやくのだ。

あの輝きに満ちた瞬間はどこへ消えてしまったのか、と。

けれども、その瞬間は、実のところいつだって、ぼくらとともにあるのだ。
ぼくらの目が曇って見えなくなっているだけなのだ。

だってそうじゃないか。

ぼくらが繰り返しているこの毎日だって、すべてはぼくらが自由に決めてきたことの結果なんだ。

ぼくらは大人になるにしたがって、輝かしい時間よりは、安定した時間を選ぶようになってしまった。
つまりは、そういうことじゃないか。

ぼくら自身が、自分にとっての幸せの意味を作り変えてきたんだ。

だとすれば、ぼくらはやっぱり自由だ。

今だって自分の幸せの形を、自由に作り変えることができるんだ。

そのために必要なのはほんの少しの勇気だけなんだ。

勇気さえあれば、くすんだ安定など手放して、輝く今をつかむことができるんだ。

すべてを同時につかむことはできないのだから、前に進みたいのなら思い切って手放すだけだ。

その先には自己責任の、自由に生きて一人で死んでいく世界が待っている。

それでぼくは、きみたちみんなのために叫ばせてもらうのさ。

きみたちすべての命に祝福あれ。
自由に生きる者たちに永遠の命あれ、とね。

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